豊かな草木で溢れている、ふさふさした緑が敷き詰められている
茵(しとね)とは、寝たりすわったりする時の敷物やふとんのこと。
ことば帖
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茵(しとね)とは、寝たりすわったりする時の敷物やふとんのこと。
自分の長所・強み(才能、知識、能力)を十分に活用するということ。
それぞれの猿によって縛り方(飼い方)も違う。
伤口上撒盐も同じ。
落荒而走でも同じ。戦国時代の対立を描いた『馬陵道』からの引用。敗戦して戦場から荒野に逃げ出すという意味。
豪華な衣装をまとい力強く立派な馬に乗っている華やかさを形容する。
”光陰矢の如し”を言い表すときの文句。
(意気投合して)会話が弾む、話が盛り上がる
「水を飲んでも(何かが)歯に挟まって虫歯になる」とは現実的にあり得ないことであるが、運が悪い時はどこまでもツキがないということを表現している。喝凉水也塞牙、喝口凉水都塞牙も同じ。
直訳すると「おかずを見て(おかずに合わせて)ご飯をよそう」。量体裁衣「体を測って服を裁断する」と同じ使い方。広東語では「睇餸食饭」。
限りなく広い、広大無辺な
无法否认、不可否认と同じ意味。客観的に見て否定できないことを表す。
飛脚が活躍していた時代には20マイルごとに宿家があり、“马上飞递”として扱われるものは一日300マイルの早さで運ばなければならなかった。八百里加急とは最も急ぎで扱われるもので、一日800マイル(約1287キロ)のために足の速い馬が使われていたという。六百里加急も同じような意味。
陽陰という概念(ペア・夫婦など)が幸福の基本となる考え方がもとになっている。
吃亏「1損をする、ばかをみる、してやられる 2(条件が)不利である」。吃了哑巴亏も同じ。
中国では古代から水は特別な存在として尊ばれてきた。農作物に欠かせないし、健康は身体の水が大きく関わっていると特別に扱われている。実際に風水においても運気を左右する気は、水に大きく影響するとされている。そのため、水は発展、富、幸運を象徴するとされる。
『孫子兵法』から。敵を打ち負かすも双方が痛手を負う、勝者も大きな代償を払うことを表現している。結局は消耗戦で勝者がいないことを強調する。伤敌一千自损八百でも同じ。更には、この言い回しを派生させ「伤敌八百自损一千」という造語で最終的には自らの方が痛手を負ったというようにも使われる。
(頼るものなく)孤独の身、一人ぼっち、身寄りのない人
一日一钱,千日千钱(yī rì yī qián, qiān rì qiān qián)
直訳すると「一日に一斗の金が手に入る」。
不见棺材不落泪、不见棺材不掉泪、不见棺材不流泪でも同じ。決定的な証拠(厳しい現実)を突きつけられるまでは、自分の過ちや現実を絶対に認めようとしないという意味から。
宁吃鲜桃一口,不吃烂杏一筐(níng chī xiān táo yī kǒu, bù chī làn xìng yī kuāng)
草草结束、草草了事、草率收兵が類類語。
水しぶきが四方八方に激しく飛び散る
拱は兵卒の進め方。中国象棋の駒である「卒」は始めは前に一歩ずつしか進めない。小さな一歩でも積み重なれば大きな力となるということを言い表している。
直訳すると「何も持たずに家を出る」。婚姻関係を解消したときにすべての財産を強制的に奪われたり、自ら放棄すること。
精力旺盛、エネルギーに満ち溢れた、元気溌溂
千方百計(せんぽうひゃっけい)。
数々の困難と危険、幾多の試練と危機
春秋時代にあった斉の国の宰相(最高位の官職)である管仲と彼を支え抜いた忠臣である鮑叔牙との関係性を現している。歴史に残る友情の模範として語り継がれるようになった。管鲍相契、管鲍同契でも同じ意味。刎頸之交「刎頸の交わり」、八拜之交「八拜の交わり」、胶漆之交「膠漆の交わり」は類義語。
实属无奈も同じ。
积善余庆「積善の家に余慶あり」と同じ。善いことを重ねた家は、本人だけでなくその報いとして幸福が子孫にまで及ぶということ。
耐えられないほどの悪臭〈喩〉胡散臭い
道理に合わない、論理的におかしい、とりとめのない
すでに転換点にある、潮目は変わった、形勢はもはや挽回できない
廉颇老矣,尚能饭否(lián pō lǎo yǐ, shàng néng fàn fǒu)