あっと言う間に消えていくはかないもの
过目云烟と言ったりもする。雲煙があっという間に消えてなくなることから。
ことば帖
このカテゴリに収めた中国語です。
収録していることば 1543語
过目云烟と言ったりもする。雲煙があっという間に消えてなくなることから。
オーダーメイド、特注する、誂える、ぴったりする
早知今日,何必当初(zǎo zhī jīn rì,hé bì dāng chū)
人要脸,树要皮(rén yào liǎn, shù yào pí)
突然止まる、突如終了する
中国語だと「驴」ロバに乗るとなる。探している牛に乗りながら、それに気づかずに牛を探し続けること。身近な幸福などに気づかないこと。
无事生非が同義語。无端「いわれなく、ゆえなく、理由なく」。
反義語は心安理得。
辛くて言葉にならない
人贵在自知、人贵在自知之明も同じ。「知人者智,自知者明」人を知る”智”よりも自らを知る”明”の方が大切、つまり人を知るよりもまず自らを知ることが貴いということ。
百媚「たくさんの魅力的な美女」、千红「数多くの美しさを輝かせている」。
鄧小平の『全軍政治工作会議』での”忆苦思甜当然要搞,但只搞忆苦思甜就不够了“(辛かった昔を思い出し今の幸せをかみしめるだけでは足らない)という発言から。
2は地が動き山が揺れるほど程度が甚だしいことを形容する。
冤冤相报は「互いに恨みを晴らし合う」の意味。理解し合えるのも誤解が生じるのもお互い相手があってのこと。恨んだとしても必ず解決できる道を残して置くことを肝に銘じておかなければならないということ。
全く変わらない、違うところがない
その土地の気候や飲食などが身体に合わないということ。不服水土でも同じ。
水面に風が吹き水面に波が立つ→波は連鎖が起き大きくなる→ものごとにだんだん活気が出る
捣浆糊(dǎo jiàng hú)と同じ。江蘇省、浙江省周辺では淘浆糊ともいう。
(思想、知識、学識、理論、作品などの)奥が深い
戦国時代の荘子の「像白色的骏马在缝隙前飞快地越过(白い駿馬が壁の隙間の向こうを走り過ぎるのがちらりと見えるように)」年月が過ぎ去るのはあっという間だということから。
生死を共にする、死んでも一緒
直訳すると「座っていると、立っている者の飢えを感じない」となる。例えば「お金持ちには貧乏の気持ちが分からない」など様々使い方をする。
如约而至は「約束通りにやってくる」の意味でほとんど同じ意味で使用する。
『漢書』から。水滴石穿(すいてきせきせん)は水滴でも同じところに落ち続けると硬い石にも穴を開けることができる。少しずつでも継続すれば大きな力となり得るということ。积土成山「積土成山」(土を積み上げれば山となる)と同義語。
虎が深い山から平地に出てくると、力を発揮できず犬にも虐められるということから。権力者、実力者が権力や支配力を失うということ。
尽其当然,顺其自然(jìn qí dāng rán, shùn qí zì rán)
「来是偶然,去是必然,尽其当然,顺其自然」で人生四然という。来是偶然は「私たちは親は選ぶことができない一方的に与えられただけ」、去是必然は「生まれた後も死(寿命)は自ら決定することができない、これもまた天命である」ということ。
事を成す前に前に人から好意を持たれる人徳者になるべきだということ。「先做人,后做事」と同じ意味。
「人のために良いことをしたら自分に返ってくる」ということ。
一眼心动,两眼沦陷(yī yǎn xīn dòng, liǎng yǎn lún xiàn)
始まりも終わりもない→際限がない
「屁股」はお尻の意味で座る位置となる。座る位置すなわち立場、環境、見る角度によって「脑袋」つまり考え方、判断は変わってくるという意味。
史記にある「门外可张网捕雀」の略語。「門前雀羅を張る」とは、門前にスズメを捕る網を張ることができる→来客が少ないということ。翟公という人物が廷尉に任命されたら賓客は門に溢れたが、失職したら門外に雀羅を設けることができるほどになったということから。反義語は门庭若市、宾客盈门、户限为穿、人山人海、比肩继踵で「非常に混雑するさま」の意味。
虹のように機運や運勢が天に昇り最高潮に達すること、またその心情のこと。
清華大の校風とされる。北京大と比較して「想在北大,做在清华」(考えるなら北京大、実践するなら清華大)という言い回しがある。
后悔不及でも同じ。雨后送伞「雨が止んでから傘を届ける」、船到江心补漏迟「船が川の中へ出てから水漏れの穴をふさぐ」、马后炮「手遅れ」などの言い回しと同じ意味。