死別、永遠の別れ
死別、永遠の別れ
ことば帖
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死別、永遠の別れ
丢脸とほぼ同じ意味。
锋芒は「矛先、表面に現れた才能、才気」の意味。露锋芒は「1(言葉が)鋭い、尖っている 2才能をひけらかす、頭角を現す」の意味。
排队的队伍长如龙の意味。
日本語のことわざの「虎の尾を踏む」「虎穴を探る」と同じ意味。ちなみに、大象口里拔生牙は「手におえない、逆らえない」となる。
牛に鼻輪をつけて引きずり回すように支配すること。牵着牛鼻子走も同じ。
石橋を叩いて渡らない→とりあえず渡らず注意深く見る。日本の「石橋を叩いて渡る」という諺を中国語にすると「叩石渡桥」となるが、中国では「叩桥不渡」がこの諺になる。
一挙手一投足、一挙一動
样貌平平も同じ。
浮萍尚有相逢日,人岂全无见面时(fú píng shàng yǒu xiāng féng rì, rén qǐ quán wú jiàn miàn shí)
很花心の意味。始めは水水しかった大根も時間を経て、切ってみると乾燥して繊維だけになっている。この見た目が花に似ているため→花心となり、感情がどこかへ移ってしまったという意味として用いる。
乱れている、錯綜している、ごたごたしている
豪爽は「太っ腹である、さっぱりしている」の意味。
成行き任せ、行き当たりばったり
早くも遅くもない、ちょうど良い
もともとは仏教用語である。真の道を体得し知恵を持つこと。
1(場所を)色々とまわる 2(話題が)色々巡る 3(運命が)巡り巡る
突如出現する、突然世に現れる
「上にも上がれず下にも下がれず」。进退两难の「進退きわまる、行き詰って途方に暮れる」に使い方は似ている。
亘古は「いにしえ(より)、永遠の」の意味。
ある馬が走ったあと、後方から来るものが砂埃で先を行ったこの馬の姿を見ることもできないことから。「遥か先を行く⇒突出している」となる。
現実を離れてあれこれ妄想、想像を巡らしてしまうこと。色々と考え込んでしまうこと。
开口跪(kāi kǒu guì)も同じ。歌い出すとすぐに歌が格段に上手いことが分かること。腕前、テクニックが上手いという意味のネット用語。
行侠仗义(xínɡ xiá zhàng yì)
行侠仗义、舍己助も同義語。
口拒体诚も同じ。口では拒んでも身体は诚实(正直)に反応してしまうということ。同じ意味で日本語を漢字に当てはめた「口嫌体正直」(口が嫌だと言っても 体は正直なものだ)というネット用語がある。
许愿には「1願をかける 2(人に何かよいことをすると)約束する」の意味がある。願い事をするときの決まり文句。
没有亲身经历过的事情,就不知道它的艰难「何事も自ら経験してみないと、その難しさは分からない」の略語。
中国では「诽谤罪」だけでなくネット上の「网络暴力」(ネット暴力、いじめ)も社会問題化しており、「网络诽谤罪」が規定させているため日本と違い明確な罰則が科せられる。
不知不觉は「知らず知らず、いつのまにか」の意味。
もともとは飲食物の素材そのままの味という意味で使われていたが、「オリジナルの」ということで飲食物以外に幅広く使用するようになった。
可口は「口に合う、口当たりがよい」の意味。很好吃,很可口とほぼ同じ意味。
何の欲望も要求もない
清淡は「清新で上品である、清雅だ」の意味がある。尘埃は「俗世の汚れ」という意味。 俗世の汚れに毒されることなく上品な気質を保っているという意味になる。
直訳は「坊主が逃げても寺は逃げることができない」となるが、「本人が逃げても証拠が残っている限り、いづれ必ず捕まる」という意味。
大通りも小道もということで街中の至る所にという意味になる。