人や物事を見た目や外面だけで判断してしまうこと
三观とは人生観、価値観、世界観のこと。ものごとを判断するのに五官だけに依存してしまうこと。例えば、顔がいい人を見ると性格までも良いと勝手に判断してしまうこと。
ことば帖
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三观とは人生観、価値観、世界観のこと。ものごとを判断するのに五官だけに依存してしまうこと。例えば、顔がいい人を見ると性格までも良いと勝手に判断してしまうこと。
茶因不饮而凉,人因不惜而散(chá yīn bù yǐn ér liáng, rén yīn bù xī ér sàn)
人性使然、天性使然でもほぼ同じ意味となる。使然は「しからしめる、...させる」の意味。
食べる、飲む、排出(大便・小便)、睡眠などの教わることなく生まれつき備わっている生理機能のこと。
看人长处,帮人难处,记人好处(kàn rén cháng chu, bāng rén nán chu, jì rén hǎo chù)
貧しく装う、お金がないふりをする
底子不错でも同じ。底子には「(学問などの)基礎、根底、素養」の意味がある。底子不好、底子差は「センスがない、素養がよくない」となる。
至る所、すべての道
不得「~することが許されない」。よい死に方が許されない→ろくな死に方しない。
処世術、世渡りの方法
ほとんどは否定形と一緒に用いられ「~の価値に値する、流石である、伊達ではない、名だけではない」などと訳される。
この世に絶対は無い
「一举头二抬胸三翻六坐七滚八爬九扶立周会走」としてもっと細かく言ったりもする。残りの意味は「1カ月で頭を持ち上げ、2カ月で胸を高く上げ、9カ月でつかまり立ち」となる。
偏は「あいにく、都合悪く」の意味がある。不凑巧を更に強調する。
差不多と同じ意味。
1常軌を逸した 2(話す内容などが)滅茶苦茶な
荘子《秋水》にある夏虫不可以语冰(夏の虫は冬の氷を見ることもないため語ることはできない)から。夏の虫は春の幼虫から夏から秋までを生きて冬を知ることはない。つまり一年に四季ではなく三季しかない。見識が狭いという意味であるが、貶す意味で「無知な人」と訳す。あるとき孔子のもとに訪ねて来た客が、孔子の弟子の子貢に「一年は何季ありますか」と尋ねたという。子貢は「四季」と答えたが、この客は「三季」と言い張ったという。子貢は納得いかず、孔子に訪ねる…
お金は命があるときには価値があるかもしれないが、死んでしまった身体にとっては何の価値もないという意味。
「破茧」はカイコが繭から出て来ること。
偏财と同じ意味。苦労せず手に入れたお金のこと。天降横财は「棚から牡丹餅」となる。
原因と結果の関係を強調するときに用いる。「人无横财不富,马无夜草不肥」(あぶく銭を得ずに富は得られない)として使うことが多い。横财はあぶく銭の意味で宝くじなどで手に入れた思いがけないお金を意味している。現代もそうであるが、昔はとくに農民が金持ちになるにはあぶく銭がなければ絶対に富を手にできなかったことを表現したもの。
小偷と小摸はどちらとも「こそどろ、盗人」の意味。繰り返すことで軽率に盗みを働くというニュアンスとなる。
无懈可乘は類似語。
虫や鳥の鳴き声などにも使用されるが、心地よいというより煩わしい音の意味合いが強い。
おやすみモードはロック(スリープ)状態のときに着信や通知を制限するもの。マナーモード(静音模式)のようなバイブ振動などもないため邪魔されることがない。
心配しないで
ご笑納ください、ほんの気持ち、つまらないものですが
言之易,行之难(yán zhī yì, xíng zhī nán)
时间识人,落难知心(shí jiān shí rén, luò nàn zhī xīn)
心に突き刺さる、心に沁み渡る
枠組みから外れた感じのこと。
すべてを無視する、全く関与しない、全く眼中にない
缺德は「(言動が)人徳にもとる、ろくでもない」、到家は「相当高い水準に達する」の意味。真缺德と同じ。
脂っこいものを食べたあとに身体をさっぱりさせる、胃もたれを解消する
見かけは柔和だが警戒心が強い、人当りはよいがなかなか心を開かない
豊富である、たくさんある、非常に多い